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一ヶ月

2011年07月05日 18:53

◆今日で「IN HER TWENTIES」終わってちょうど一ヶ月と気づいた。

既に何人かの女優は、その次の舞台の本番を迎えるどころか終えたりしている。

本当にお疲れ様です。

自分はと言えば、特に感傷にひたっているというわけでも無いのですが、やたらとふやけた一ヶ月を過ごしてしまい、反省している。

書かなくてはいけない台本が遅れている以外は(本当にすみません)、特に忙しくもなかった。

せっかく久しぶりに落ち着いたというのに、自分の時間管理の下手さにはいつもあきれるばかり。


◆しかし舞台というのは奇妙なものだ。

誤解を恐れずに言うと、稽古から本番期間中は、役者さんたちのことを「自分のもの」というように感じることが多い。

座組みの空気が良かったり役者とのコミュニケーションがうまくとれている現場ほど、その傾向が強いように思う。

別に偉そうにするわけでも「俺の言うことには何でも従え」と威張るわけでもない。

ただなんというか、「この人たちは、この期間中は、俺が創った物語や役を演じる為に生活のほとんどを捧げてくれているんだな」というような一種の優越感?というか感動で、一人で勝手に悦に入るとでも言うか。

もちろん、彼女たちはあくまで、自分の仕事をきっちりこなしているに過ぎないのはわかっているのですが。

(ちなみにこの感覚は基本的に女優さんに対してだけである。男の役者さんに対しては特に何も感じない。)

だから、当然ながら、公演が終わるということは基本的に寂しい。

特に、彼女たちがあっさりと他の現場の稽古に入って、しかもそこの現場の演出家と仲良くやっていたりすると、勝手にすねてふて寝したりもした。

まあ最近はさすがにそんなことも無くなったし、「IN HER TWENTIES」は久しぶりに寂しくなるかな、と思ったけど、終わってみると意外とそうでもなかった。

僕も年をとったのか慣れたのか或いはドライになったのか。

でも昔は公演が終わるたびの寂しさが尋常ではなかった。

その寂しさもあって、すぐに出てくれた女優さんを好きになったりもしていた。(と言うより好きになったから終わるのが寂しかったのか。まあいいや。)

ので、あえて寂しさに慣れようと努めてきた部分もある。わざと「どうせ公演が終わったら他人だよ」と言ってみたり。

なんの話だっけ?

とにかく、ある一定の期間、一緒に物を創るということは、これは男の役者も女優さんも同等に、大袈裟に言うと人生のある一時期に何かを共有したという気持ちが生じやすい。少なくとも僕の方はそうだ。

にも関わらず、公演が終われば次に会うのは何か月後とか、それも舞台の客席でばったり会って軽く挨拶しただけとか、そういうことも多い。あれだけ毎日顔をつき合わせていたのに。

でも今は、そうやってお互いがその都度の現場で一生懸命仕事をするっていうのが良いんだなという、当たり前のことを思うようになった。

尚、上記の「寂しさ」というのはどちらかというとプロデュース公演においての話だ。或いは客演さんに対しての。

劇団化してから、劇団員に対してそれを感じることは無くなった。

もちろんどうでもいいわけではなくて、彼女たちはもはや家族であり、よその現場に行ったとしても、脱退や解散が無い限りは必ずまた自分の所に戻ってくるからだ。

そう考えると、僕がさほど寂しさや感傷で落ち込まなくなったのは、劇団化してからかもしれない。


◆というわけで気分転換のブログはおしまい。

書くぞ書くぞ。
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